源氏物語 若紫


源氏物語 若紫 一

わらわ病みをわずらった源氏が、大変効き目があるという修験層に祈祷をしてもらうため、山中へ出かけていきます。
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源氏物語 若紫 二

気紛らしに源氏は後ろのほうの山へ出て、京のほうをながめてみた。心が洗われるような、美しい景色だった。
そこで、播磨(はりま)の明石(あかし)の浦の姫君の噂話を聞き、興味を持つ。
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源氏物語 若紫 三

僧の勧めにしたがって、源氏はこの山上の寺に一晩泊まる事にした。
日も落ちて、あたりが薄暗くなったころ、惟光を供にもう一度、あの小柴垣の山荘をたずねてみた。
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源氏物語 若紫四

中年の女房が涙して

初草の 生ひ行く末も 知らぬまに
 いかでか露の消えんとすらん

そこへ、かの僧都がやってきて
「ずいぶんあけ広げて、またこんな端のほうに・・
この上の聖人のところに源氏の中将が、わらわ病みの祈祷にきているらしい」

「まあたいへん、こんなところをどなたかごらんになったかしら」と尼君の声がして、すだれは下ろされた。
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源氏物語 若紫五

源氏のために美しい寝室がしつらえられていた。 名香の香が匂ていた。

僧都は語った。この世は仮のものであり 来世こそが真の世であることを

源氏は、我が身の罪を思う。こうして、生ける限り悩み続けるのであろう・・。

いっそ出家しようか・・そんな考えが心をよぎった。

とはいえ若い源氏には、昼間見た少女を忘れかね、 「実は、こんな夢を見たのですが・・」と話を切り出した。

「突然な夢のお話ですね」と僧都は笑った。
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源氏物語 若紫六

あの少女は按察使大納言の娘と、兵部卿宮の間にできた子だったのだ。 それで、あの人に似ているのだ・・と、源氏は僧都の話をしみじみ聞いていた。

「そうでしたか・・ で、その方には忘れ形見などもなかったのですか?」

「亡くなる直前に、女の子を産みましてな、まあその子が心配の種で・・」

「やはり!・・」と源氏はこころで言った。 「いきなりこんなことを言ってはなんですけれど、そのおじょうさん、わたしにあずけていただけませんか? 実は私は結婚はしていますが、あまり性格が合わないようで、独りもののようにくらしていますから、ぜひ将来は・・」

「ありがたいおことばですけれど、まだ、まるで子供でして、とても考えも及びませんことですが・・ともあれ、祖母にそう言ってみましょう。」 といって、僧都は初夜の勤めに出て行った。

静かに雨の降る音がする ひんやりと山風が吹き、滝の音もいよいよ際立って聞こえてくる。 途切れ途切れに聞こえる読経の声。 夜も更けた。

隣の部屋からは、数珠の脇息に触れる音がかすかに聞こえてくる。 あの衣擦れの音・・幼いころの思い出がよみがえってくる。
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源氏物語 若紫七

源氏は尼君に歌を送った。 「初草の 若葉の上を見つるより 旅寝の袖も露ぞ乾かぬ」 「枕 結う今宵ばかりの露けさを み山の苔に比べざらなむ」 尼君はこんな風に歌を返した。

「この機会に、どうしてもお話したいことがございます・・」 と源氏は言ったが、しっとりした大人の女性と対面して、若い源氏はなかなか次の言葉が出なかった。

尼君は「こうして、思いもかけず、あなたのような方と、お話ができるのも、 きっと前世からの因縁があったのですよ」という。

源氏は自身の身の上を語った。幼い時、母を失い今日まで、心のよりどころのないまま生きてきたことを。そして、同じ境遇の姫君がかわいそうでならない。 「どうか私に、姫君の将来を預けてください。」 「まあ・・なんということを・・ それはもったいないほどうれしいお話ですが・・ まだまだ、とてもそんなお約束のできる年頃ではありませんのよ。」

「わたしは、何もかも知っています。 どうかお願いします、浮ついた気持ちではありません。わたしは、真剣なんです」

こんなに言っても、尼君は快い返事を下さらない。 姫君があまりに幼いことを源氏の君はご存じないのだから・・と思っているらしい。 そこへ僧都の足音が聞こえた。 「では、今日はこれで失礼します。でも、きっと私の誠意をわかっていただけると信じています」 と言って源氏は屏風を元のように直して、去った。

「吹きまよふ深山おろしに夢さめて 涙もよほす滝の音かな」  「さしぐみに袖ぬらしける山水に 澄める心は騒ぎやはする」 源氏と僧都はこんな風に歌のやり取りをした。

いつの間にか夜が明けている。 鳥のさえずりがどこからともなく聞こえ、さまざまな木や草の花が散りこぼれているさまは錦を敷いたようである。 そこを鹿が、歩いているこんな光景を見ていると病のつらさもうそのように消えていった。
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源氏物語 若紫八

聖人は動くのさえ容易ならぬ身であるのに、源氏のために僧都の坊へ来て経を読んだ。枯れた声であったが、その声がなんとも尊く心に染み入るのである。

宮中からの迎えの人々が到着し、病の癒えた喜びを申し上げた。 「宮人に行きてん語らん・・」と歌を詠む源氏の声、またそのものごし、 まさに貴公子というにふさわしい、はなやかさである。

僧都は  「優曇華の花 待ち得たる心地して 深山桜に目こそ移らね」と歌を返した。

 「奥山の松のとぼそをまれに開けて まだ見ぬ花の顔を見るかな」 と言って源氏を見つめる聖人の目から涙がこぼれた。 そして「お守り・・」にと言って独鈷を差し上げた。

  僧都は聖徳太子が百済の遣いから献上されたという金剛子の数珠をお贈りした。 その唐風の箱は、そのときの遣いが国から入れてきたときのそのままである。 それを薄絹の中の透けて見える袋に入れ、五葉の枝につけて、また紺瑠璃の美しいつぼに、薬を入れて藤や桜などの枝につけなどしてあった。
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源氏物語 若紫九

左大臣家より迎えが遣わされた。 こんなきれいな花影に、少しも休まずに帰ってしまうなんて、もったいないですよね。
などいって、彼らも滝の流れる岩のそばに座をしめて、酒を酌み交わした。  頭の中将はいい音で横笛を吹き、弁の君は扇をかすかに打ち鳴らしながら「豊浦の寺の西なるや〜」と歌った。

  僧都が、琴というの七弦の唐風の楽器を持ってきて、ぜひにと源氏に請うた。 「こんな体の具合なので、聞き苦しいかもしれませんよ。」といいながらも、快く琴をかき鳴らすと、みな聞き入って、満足して帰り支度を始めた。

法師たちも、子供たちもみな、別れを惜しんで涙をこぼした。 家の中では、尼君たちがおたがいに源氏のすばらしさをたたえ「この世のものとは思えません」などといいあった。

かの、姫君も幼いながら、「なんて美しい人・・」と源氏の君を見ていた。
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源氏物語 若紫十

左大臣自ら迎えに来てくれたから、気は進まぬけれど 妻の家に行った。 自らは、窮屈な思いをしながら、私に良い席を奨めてくれたのも娘を思う親心。 申し訳ないと、心にわびながら、家に着けば美しくみがきしつらえて・・

あなたが心を許してくださったなら・・ わたしはこんな恋の遍歴を繰り返すことも無かったのに・・

とはぬはつらきものにや・・ なぜそんなことをいうのですか

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源氏物語 若紫十一

後の日、源氏は尼上に手紙をしたためた 「私のお願いをまったく本気にとってくださらないので、心のうちを言い尽くすこともできなかったのですが、こうしてふたたびお手紙を差し上げますことで、並々ならぬ思いのほどを察してくださるならば、どれだけうれしいことでしょう。」 なかに、小さく結んで  

「面影は身をも離れず山桜 心の限りとめて来しかど・・」

それは見事なうつくしい筆跡であった。 またその手紙の包み方にしても、年老いた人々には、なんとも若い人らしく洒落ていると思えた。

尼君は当惑をかくせなかったが・・

 「嵐吹く尾の上の桜散らぬ間を 心とめけるほどのはかなさ
気まぐれでございましょうに・・」

なおも源氏は惟光をつかわして

 「あさか山浅くも人を思わぬに など山の井のかけ離るらむ」

御返しに 「汲み初めてくやしと聞きし山の井の 浅きながらや影を見るべき」
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源氏物語 若紫十二

そのころ藤壺の宮は、少し具合が悪くなられて、里へ帰っておられた。 帝がたいへん心配され、心を痛めておられる様子がみてとれる。 それなのに源氏は、あのひとに会うことができるのは、今をおいてほかにないと思うと、もうほかのどんな人のことも思うことができず、昼は一人物思いにふけっているご様子であったが、日暮れともなれば・・ 王命婦に無理な頼みをする・・そんなまいにちであった。

そして、ついに恋しい人と対面した。 なにか夢の中にいるような、たよりないこころであった。 こうして、身も世もなく恋焦がれた人とともに過ごしているのに、なぜ、幸福と思えないのだ・・

あの人は、あのときのことを思い出しておられる。 二度と過ちを犯してはならないと、心に深く念じておられるのだ。 やさしく、いつくしむように私を見た。が、けして昔のように、心を許してくださらなかった。

 見てもまた 逢ふ夜まれなる夢のうちに やがて紛るる 我が身ともがな

 世語りに人や伝えむ たぐひなく 憂き身を覚めぬ夢になしても

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源氏物語 若紫十三

なやみははてない
藤壺の宮も、もしかして・・・と、ご自身の体調の変化を感じ取っていた。
三月ともなれば、そばに仕える人々にも、はっきりとご妊娠の兆候が現れて来た。
この月になるまで奏上されなかったことに、人々はおどろいたが・・
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源氏物語 若紫十四

秋も末、月のきれいな夜だった。ある女の家に行こうとして、偶然、故按察使大納言の家を通りかかった。 源氏は尼君を見舞った。病気が重く体面することはできなかったが、隣室で女房に言付けている言葉が、聞こえてきた。

「もし、お心がかわりませんでしたら、あの子がもう少し大きくなったときに、どうか・・」 尼君は孫娘の将来のことだけが、心残りなのであった。

源氏はあの若宮の声を一言でも聞きたいと願った、そのとき足音がして、「あの源氏の君がいらしていますよ、なぜごらんになりませんの?」「ほら、源氏の君をごらんになったから、気分の悪いのがよくなったって、あのときおっしゃったわ」

思いもかけず、若宮の声を聞くことができて源氏はうれしかったが、女房たちが困っているようすなので聞かぬふりをした。 「なるほど、たしかに幼い。しかし、そこがまたいい・・」 あの子なら、きっと理想の女性に仕立てることができる。
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